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大阪高等裁判所 平成4年(ネ)222号 判決 1992年11月10日

平成三年(ネ)第二八〇五号事件被控訴人、平成四年(ネ)第二二二号事件控訴人

(第一審原告)

下津町

右代表者町長

橋爪麟兒

右訴訟代理人弁護士

榎本駿一郎

吉澤義則

妙立馮

水野八朗

楠見宗弘

泉谷恭史

岡田栄治

右訴訟復代理人弁護士

田中繁夫

金原徹雄

平成三年(ネ)第二八〇五号事件控訴人、平成四年(ネ)第二二二号事件被控訴人

(第一審被告)

株式会社和歌山銀行

右代表者代表取締役

尾藤昌平

右訴訟代理人弁護士

北村厳

松原正大

古田冷子

榎本比呂志

主文

一  第一審原告の本件控訴を棄却する。

二  第一審被告の本件控訴に基づき、原判決主文第一項を次のとおり変更する。

第一審被告は、第一審原告に対し、一四〇万一一二〇円及び内金七〇万円に対する昭和六〇年七月一日から右支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

第一審原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを二〇分し、その一九を第一審原告の負担とし、その余を第一審被告の負担とする。

四  この判決は、金員の支払いを命じた部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一第一審原告

(平成四年(ネ)第二二二号事件)

1  原判決を次のとおり変更する。

2  第一審被告は、第一審原告に対し、金三〇二七万八五〇〇円及び内金一九七二万八五〇〇円に対する昭和六〇年六月一七日から、内金一〇五五万円に対する昭和六〇年七月一日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも、第一審被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

(平成三年(ネ)第二八〇五号事件)

1  第一審被告の本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は第一審被告の負担とする。

二第一審被告

(平成三年(ネ)第二八〇五号事件)

1  原判決中第一審被告敗訴部分を取り消す。

2  第一審原告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも、第一審原告の負担とする。

(平成四年(ネ)第二二二号事件)

1  第一審原告の本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は第一審原告の負担とする。

第二事案の概要と争点

次に訂正、付加する外は、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決四枚目表二行目の「質権」を「根質権」に改める。)。

一第一審原告の主張

1  第一審被告は、本件各貸付にあたり、次のとおり、金融機関として相当な注意義務を怠った過失があるので、本件各預金を受働債権とする相殺に、民法四七八条を類推適用することはできない。

(一) 第一審原告の基金は、法律上担保に提供することはできない。

(1) 基金は、確実かつ効率的に運用しなければならず(地方自治法二四一条二項)、指定金融機関その他の確実な金融機関への預金、その他の最も確実かつ有利な方法により保管しなければならない(平成三年法律第二四号による改正前の同法二四一条六項、同法二三五条の四第一項、同法施行令一六八条の六)。

最も確実かつ有利な方法により保管するとは、いつでも現金化され、かつ元本が保証され、利子の有利な方法で保管することである。ところが、基金を一時借入れの担保とすれば、借入金を償還しない限り、いつでも換金することができなくなり、償還できないときは担保権が実行される可能性があるから、「確実な保管」ということはできず、基金を担保に提供することはできないと解される。

(2) 基金は、基金の目的のためでなければ処分することができない(地方自治法二四一条三項)。すなわち、土地開発基金は、「公用若しくは公共用に供する土地又は公共の利益のために取得する必要のある土地をあらかじめ取得することにより、事業の円滑な執行を図る」目的のため(下津町土地開発基金条例一条)、また、環境整備事業基金は、「下津町環境整備の事業資金に充てる」目的のため(下津町環境整備事業基金の設置、管理及び処分に関する条例一条)でなければ処分することはできないと規定されている。

(二) 第一審被告の本店融資部佐野次長は、本件各貸付にあたり、第一審原告の出納室長Aが、指定金融機関以外の第一審被告から一時借入金を借り入れること、及びその借入額が下津町議会で議決された借入限度額の範囲内にあるか否かについて、疑問を抱いたのに、Aから、「基金は予算とは関係がない。預金の権限は収入役にあるのでその解約も収入役でできるので、まして、解約せずに担保で借り入れることに問題はない。」「定期預金をとりくずさずに担保にして借入れをするのだから議会の議決はいらない。」との虚偽の説明を受けると、これを安易に信用し、Aに対し、一時借入金限度額に関する議会の議決書の提出を求めることも、第一審原告の指定金融機関である下津町農業協同組合や、収納代理金融機関である株式会社紀陽銀行に対し、一時借入金の限度額や同組合等からの既借入額を問い合せることもせず、それ以上の調査確認を怠った。

(三) また、一時借入金の借入権限は町長にあるから、本件各貸金にあたり、第一審被告としては、第一審原告の町長印の届出を必要とするのであるが、第一審被告は、本件各貸付にあたり、第一審原告の町長印の届出を徴したり、Aから受領した所要書類の町長印を照合するのを怠っていたばかりか、一時借入金については、事前に借入申込書等の写しを添付して町長の決裁を得なければならないのに、Aのした決裁手続に全く疑問を抱かず、さらに、一定の目的のために設置された基金を担保に一時借入金の借入れを行うには、借入れの目的が基金の当該目的に合致していなければならないにもかかわらず、Aから一時借入金の使途につき説明を受けないで、本件各貸付を実行したのは、金融機関として初歩的な過失である。

(四) のみならず、一時借入金は、各年度毎に償還すること、とされている(地方自治法二三五条の三、同条の五)のに、第一審被告は、単に書類上の書換手続のみで貸付を継続し、また、地方公共団体の支出は、小切手または公金振替書によるのが原則であり(同法二三六条の二)、下津町財務規則でも、一〇〇〇円以下の金額やその他小切手発行が不適当な場合に限って、現金払いが認められているにすぎない(同規則六一条但書)のに、第一審被告は、本件各貸付の大半を現金払いで実行し、貸付利息の支払をAから現金で受領する等、通常の公金取扱いとは異なる処理を行いながら、Aの行為に疑問を抱かなかったのは、第一審被告の過失というべきである。

2  第一審被告の後記主張は争う。

二第一審被告の主張

1  本件各預金を受働債権とする相殺に民法四七八条を類推適用をするについて、第一審被告に過失はない。

(一) 定期預金を担保とする貸付において、金融機関に課せられる注意義務は、預金通帳、届出印鑑の所持、届出印鑑を押捺した支払請求書の提出、事故届の未提出の確認により尽くされる(最高裁昭和六三年一〇月一三日判決・判例時報一二九五号五七頁参照)のであって、借主が町(地方自治体)であることによって銀行の注意義務が加重されるものではない。

(二) 定期預金として預け入れられた土地開発基金も、絶対に担保提供ができないものではなく、当該目的のために処分し、あるいは歳入歳出に繰り替えて運用することもできるのであって、定期預金の出納保管に関する業務を担当していたAが、その目的に従った資金として利用するため、同預金を払い戻し、あるいは右払戻の一態様と観念される貸付を受けるために担保に提供する行為は、適法有効な行為である。

(三) しかも、Aは、出納室長として、第一審原告収入役の公印や第一審原告の預貯金通帳、定期預金証書等を保管し、預金の預入れ、払戻しの事務を担当しており、第一審原告町長の公印も事実上自由に使用できる立場にあったこと、本件各貸付にあたっても、Aは、下津町役場内で公然と町長や収入役の記名印、公印を用いて、町長あるいは収入役名義の借入申込書、約束手形、担保差入書等の所要書類を作成交付したもので、右貸付当時、Aの権限や一時借入金の借入行為に不審を抱く事情はなく、第一審被告に金融機関として相当な注意義務を怠った過失はない。

のみならず、第一審被告は、Aが本件定期預金を担保にして借り入れる本件各借入金を、前記土地開発基金の目的に従った資金として利用するものと信じて、本件定期預金を担保にして右貸付をしたものであるから、右担保の、提供行為は、この点でも有効というべきである。

(四) また、第一審被告が、本件貸付が予算に基づくものか否かを、予算書の抄本、借入限度証明書によって調査しなかった点についても過失は存しない。

第一審原告の一時借入金の限度額は、昭和五八、五九年度とも、一般会計におけるものは三億五〇〇〇万円であったが、日常現金や預金の出納及び一時借入金業務を担当している出納室長のAから、町長の公印を押した借入申込書、借入手形、収入役の公印を押した預金証書、預金担保差入書の提出を受けた場合、金融機関としては、特段の事情のない限り、右借入申込は、限度内の申込と判断するのが当然である。

しかも、第一審原告の一時借入限度額は、町の公報等で周知の事柄であり、第一審被告としては借入申込額が借入限度額の一割未満であったため、ことさら借入限度を超えるか否かについてAに説明を求めなかったもので、右にいう特段の事情もないのに、第一審被告が、町長や出納室長に対し、予算書の抄本や証明書の交付を求める義務はない。

(五) 第一審被告の事務手続上、本件各貸付において、第一審原告の町長印の届出は必要なく、右届出を要するとする商慣習も存在しないから、右届出や印鑑照合の欠缺を第一審被告の過失とすることはできないし、決裁手続の欠落、その他、第一審原告が主張する前記過失については、いずれも争う。

2  過失相殺における第一審被告の過失割合について

不法行為における過失相殺は、被害者側に過失があったとき、加害者側の過失との割合を判定し、加害者の損害賠償額を減ずるものであるから、特定の事案において、双方に過失があっても、加害者側の過失が重大であればあるほど、被害者側の過失相殺の割合は限りなく小さくなる。

本件事案は、第一審原告の出納室長に対する極めて杜撰なチェック体制を背景とし、これに乗じたAが、町の会計管理の要となる重責を与えられていることを奇貨とし、白昼平然と日常職務を行うかのようにして、長期間、多数回にわたり、多くの町職員等を騙し続け、不正行為を反復継続して、第一審原告の年間予算にほぼ匹敵する約三〇億円もの金員を横領し、あるいは騙取した極めて異常な犯罪行為の一コマである。

したがって、仮に第一審被告に過失があるとしても、その過失割合は零に等しいというべきである。

第三当裁判所の判断

一金融機関が、記名式定期預金の預金者から右定期預金の払戻を受け、ないしは、これを担保に金員を借り受ける代理権限を授与されたと詐称する者から、右定期預金証書及び届出印の印影と同一の印鑑の呈示を受けたため、右代理人と詐称する者を、右預金者の正当な代理人と認め、その者との間で、将来、履行期に債務の返済を受けることができないなど一定の理由が生じた場合には、金融機関が債務者(預金担保提供者)に代わり、担保として差し入れられた定期預金債権と貸付金債務との差引計算及び充当をして貸付金債務を清算することが出来る旨の特約をした上、右詐称代理人を介して預金者ないし第三者に対し、右預金担保貸付をした場合には、右貸付行為自体を、実質的に定期預金の期限前解約による弁済(払戻)に準ずるものと解することができ、また、その後、債務者から貸付の弁済を受けられなかったため、担保権の実行として、貸付金と定期預金との相殺差引計算及び充当が行われた場合には、これを定期預金の期限前解約による払戻と同視するのが相当であるから、貸付とその担保預金との提供を、全体として弁済行為の一態様と観念して、これについては、民法四七八条の類推適用があると解するのが相当である。したがって、右貸付とその預金担保の提供が、預金者に対して効力が生ずるためには、民法四七八条の類推適用により、右貸付時において、金融機関が、詐称代理人を権限ある代理人と認定するにつき、金融機関として負担すべき相当の注意義務を尽くしたことが必要であり、かつ、それをもって足りると解するのが相当である(最高裁昭和四八年三月二七日判決・民集二七巻二号三七六頁、同昭和五九年二月二三日判決・民集三八巻三号四四五頁参照)。

二これを本件についてみるに、証拠(<書証番号略>、原審証人大岡伸吉、同久保田泰弘の各証言)、並びに、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  第一審原告の収入役は、第一審原告の現金の出納及び保管等の権限を有しているところ(地方自治法一七〇条一、二項)、原判決添付別紙定期預金目録に記載の本件各定期預金は、予算で積立額が定められる第一審原告の環境整備基金や土地開発基金を預金したもので、第一審原告の収入役の権限において、第一審原告の収入役の名義で預金され、右預金に際しては、第一審原告の収入役の公印が取引印として、第一審被告に届けられていた。なお、第一審原告の右各基金は、その基金の目的に従ったものでなければ処分することができない(地方自治法二四一条二項、三項)。

2  第一審原告は、その事務分掌に関する規則二条、一一条により、第一審原告の収入役の権限に属する事務を分掌させるために、出納室を設けているところ、右出納室は、(1) 一般会計、特別会計の金銭金券に関すること、(2) 現金、有価証券、基本財産及び積立金の出納保管に関すること、(3) 一時借入金に関すること、(4) その他金銭に関すること、等の各事務を行うことになっており、出納室長は、右事務を統轄し、出納室員を指揮監督する権限を有している。

Aは、昭和四七年一月一日から昭和五九年一一月一八日まで、第一審原告の出納室長をしていたもので、右出納室長として、右所定の各職務権限を有し、第一審原告の収入役の公印、第一審原告の預貯金の通帳、定期預金証書等を保管し、また、普通預金、定期預金の預入れ、払戻しをする等、第一審原告の公金の出納・保管等の職務権限を有していた。

3  第一審原告では、本来の収入だけではその支出をまかなえない場合に、金融機関等から一時借入れを行っていたところ、右一時借入れの権限は、町長に属していたが、現実の事務は、出納室長のAが、第一審原告の収入が支出に足らないために一時借入れの必要があると判断をした場合に、その理由や金額等を記載した伺書を作成して、収入役、助役、町長の決裁を得た上、金融機関から、右一時借入れをしていた(原審記録八二七丁以下、九一四丁以下等参照)。

なお、右一時借入れに当たっては、先ず、出納室長のAが、どの程度の一時借入金が必要であるかを判断し、Aにおいて、予め、借入先の金融機関と交渉して、借入れのできる目処をつけた上、右借入先の金融機関に提出する借入申込書、金銭消費貸借契約証書等を作成し、これらの書類を前記伺書に添付して、収入役、助役、町長の決裁を得ることにしていた。そして、右一時借入れをするについて、町長の決裁があった場合には、右金融機関に提出する借入申込書、金銭消費貸借契約証書等に総務課長の保管する町長の公印を押捺し、これらの書類を金融機関に提出して、金融機関から、一時借入れをしていた(原審記録八二七丁以下等参照)。

4  Aは、右のように、第一審原告の出納室長として、第一審原告のために、一時借入れの事務を行う職務権限を有していたところから、これを悪用して、第一審原告の町長の決裁を受けず、その権限がないのに、以下のようにして、第一審被告から、原判決添付別紙貸金目録記載の貸付日に、同記載の金額(合計二八〇〇万円)を借り受け(本件各貸金)、これを自己の個人的用途に費消した。すなわち、

(一) Aは、昭和五六年一〇月上旬頃、訴外Bから、些細なことで、半ば脅迫的に金銭を要求されるようになり、当初は、Aの保管する第一審原告の公金を流用して、右Bに金銭を交付していたが、その後、第一審原告の各種基金を定期預金にした右定期預金を、収入役等には無断で、解約して、その金を右Bに交付していた。

(二) ところが、右定期預金を解約しているうちに、金融機関から、右定期預金を解約するよりは、右定期預金を担保にして、借り入れをして欲しいと言われたこともあって(原審記録八三七丁以下等参照)、第一審原告の町長には無断で、第一審原告を借り主として、定期預金を担保に、訴外下津町農業協同組合、同株式会社紀陽銀行、同株式会社東洋信託銀行、同郵便局、第一審被告等の各金融機関から、金員を借り入れ(原審記録八三九丁以下等)、これを右Bに交付する等、自己のために不正に費消していた。そして、右借入金の未返済の合計額は、右不正事件の発覚した昭和五九年一一月当時において、約一九億五〇〇〇万円である(原審記録八四一丁裏等)。

(三) 第一審被告(旧商号は、株式会社和歌山相互銀行)の関係では、Aは、昭和五八年一月頃、第一審被告の箕島支店に、第一審原告を借り主として、三〇〇万円を借り受けたいとの申し入れをして、その了解を得たうえ、昭和五八年二月一日付けで、<書証番号略>の相互銀行取引約定書、<書証番号略>の資金借入申込書等に、総務課長の保管する第一審原告の町長の公印を押捺するなどして、右各書類を偽造し、これを第一審被告に差し入れて三〇〇万円を借り受けた外、同年五月一七日までに、第一審原告を借り主として、前後六回にわたり合計二八五〇万円を借り受けた。

(四) ついで、Aは、第一審原告の町長及び収入役には全く無断で、第一審原告を借り主として、「下津町土地開発基金 下津町収入役奥野敏夫」名義の一〇〇〇万円の定期預金(証書番号三二七五四〇)を担保にして融資を受けるにつき、予め第一審被告の箕島支店長の承諾を得た上、昭和五八年六月一一日付けで、(1) <書証番号略>の相互銀行取引約定書、<書証番号略>の資金借入申込書に、第一審原告の総務課長の保管する第一審原告の町長のゴム印及び公印を押捺し、(2) また、右貸金の担保として、前記一〇〇〇万円の定期預金(証書番号三二七五四〇)(本件(三)の定期預金の書換え前の定期預金)を担保に差し入れる(根質権の設定)旨記載した<書証番号略>の担保差入証の債務者欄に、第一審原告の町長のゴム印及び公印を押捺し、担保権設定者の欄に、自己の保管する「下津町土地開発基金 下津町収入役奥野敏夫」のゴム印等(但し、「下津町土地開発基金」は手書き)と下津町収入役の公印を押捺し、(3) さらに、前記定期預金を担保に差し入れることを承諾する旨記載した<書証番号略>の担保提供承諾書に、「下津町土地開発基金下津町収入役奥野敏夫」のゴム印(但し「下津町土地開発基金」は手書き)と下津町収入役の公印を押捺する等して、右各書類を偽造し、これらの書類とともに、自己の保管する右一〇〇〇万円の定期預金証書及び町長の公印を押捺した第一審原告振出名義の約束手形を第一審被告に差し入れ、第一審被告から、手形貸付の方法により、第一審原告を借り主として、昭和五八年六月一一日に、五〇〇万円を借り受けた(本件(一)の貸金)。

そして、右五〇〇万円の貸金については、その後、原判決添付別表「別紙貸金目録記載の各貸金の書換継続経過表」の(一)に記載のとおりに、書換え更新されてきたところ、その間において、Aは、第一審被告に対し、前記証書番号三二七五四〇の一〇〇〇万円の定期預金を書き換えた本件(三)の定期預金(<書証番号略>)を、右貸金五〇〇万円の担保に差し入れ、かつ、昭和五九年一〇月三一日に、<書証番号略>の約束手形に第一審原告の町長の公印を押捺する等して、右約束手形を偽造して、これを差し入れた。

なお、Aは、第一審被告に対し、右定期預金を担保に差し入れるに際し、将来、右貸金を弁済しない場合は、右定期預金をもって相殺する趣旨の下に、右定期預金証書の裏面の元金及び利息の受取欄に第一審原告の収入役のゴム印及び公印(第一審被告に予め届け出の印鑑)を押捺して、これを第一審被告に差し入れた。

(五) Aは、右と同様の方法により、第一審原告の町長や収入役のゴム印、公印等を不正に使用して、<書証番号略>の資金借入申込書の外、担保差入証(<書証番号略>)、担保提供承諾書等に、第一審原告の町長や収入役のゴム印、公印等を無断で押捺して、右各書類を偽造した上、右各書類を第一審被告に交付し、かつ、(イ) 昭和五八年六月二二日に、原判決添付別紙貸金目録(二)記載の貸金(本件(二)の貸金)の担保として、前記金額一〇〇〇万円の定期預金(証書番号三二七五四〇)を差し入れ、(ロ) 昭和五八年六月二八日及び同年七月二八日に、原判決添付別紙貸金目録(三)(四)に記載の各貸金(本件(三)(四)の貸金)の担保として、金額八七〇万円の定期預金(証書番号三五二一一七)を差し入れ、(ハ) 昭和五八年九月二〇日及び昭和五九年一月一〇日に、原判決添付別紙貸金目録(五)(六)に記載の各貸金(本件(五)(六)の貸金)の担保として、金額一〇〇〇万円の定期預金(証書番号三五二一一五)を差し入れ、自己の保管にかかる右各定期預金証書を、町長の公印を押捺した第一審原告振出名義の約束手形と共に、第一審被告に交付する等して、第一審被告から、原判決添付別紙貸金目録(二)ないし(六)に記載の日時に、同記載の各金員を、第一審原告を借り主として借り受けた。

(六) その後、右原判決添付別紙貸金目録(二)ないし(六)に記載の各貸金は、原判決添付別表「別紙貸金目録記載の各貸金の書換継続経過表」の(二)ないし(六)に記載のとおりに、書換え更新されてきたところ、その間において、Aは、第一審被告に対し、(イ) 原判決添付別紙貸金目録(二)記載の貸金の担保に差し入れていた前記証書番号三二七五四〇の一〇〇〇万円の定期預金を書き換えた本件(三)の定期預金(<書証番号略>)を、右(二)の貸金五〇〇万円の担保に差し入れ、(ロ) 原判決添付別紙貸金目録(三)(四)に記載の各貸金の担保として差し入れていた前記(ロ)に記載の金額八七〇万円の定期預金(証書番号三五二一一七)を書き換えた本件(二)の定期預金を右(三)(四)の各貸金の担保に差し入れ、(ハ) さらに、原判決添付別紙貸金目録(五)(六)に記載の各貸金の担保として差し入れていた前記(ハ)記載の金額一〇〇〇万円の定期預金(証書番号三五二一一五)を書き換えた本件(三)の定期預金を、右(五)(六)の各貸金の担保に差し入れ、右各定期預金証書と町長に無断で振り出した<書証番号略>の約束手形を、第一審被告に差し入れて、交付した。

なお、Aは、第一審被告に対し、右定期預金を担保に差し入れるに際し、将来、右貸金を弁済しない場合は、右定期預金をもって相殺する趣旨の下に、右定期預金証書の裏面の元金及び利息の受取欄に第一審原告の収入役のゴム印及び公印を押捺し、これを第一審被告に交付した。

(七) 右のようにして、Aが、第一審原告を借り主として借り受けた本件各貸金の合計額は、二八〇〇万円であるところ、第一審原告の議会で定められた昭和五六年度ないし同五九年度における第一審原告の一般会計の一時借入金の限度額は、三億五〇〇〇万円であって、本件各貸金は、右限度額以内のものである(原審記録八一四丁、九一二丁裏等)。

5  一方、第一審被告の箕島支店長久保田泰弘は、昭和五八年六月頃、Aから、第一審原告の特別会計に組み入れる資金が必要であるので、定期預金を担保に融資をして欲しい旨の要請を受けて、これを承諾し、前記のように、第一審原告を借り主とし、前記各定期預金を担保として、原判決添付別紙貸金目録(一)ないし(六)に記載のとおり、手形貸付の方法により、合計二八〇〇万円を貸与したが、右金員を貸与するに当たっては、右支店長久保田泰弘ないし同支店の貸付け担当者の大岡伸吉が、第一審原告の役場内の出納室に赴き、Aから、前記相互銀行取引約定書、資金借入申込書の外、担保差入証、担保提供承諾書等の必要書類に、第一審原告の町長や収入役の公印の押捺を受けた上、右必要書類とともに、右貸金の担保として、前記各定期預金の証書の交付を受けた。

6  第一審被告では、顧客に融資をするに当たり、定期預金を担保に融資をする場合には、その累計の額が六〇〇万円までは、支店長の権限で融資をすることができたが(原審記録三五二丁、三七二丁等参照)、それ以上の金額の融資については、本店の稟議・決裁を必要としたので、原判決添付別紙貸金目録(一)記載の貸金五〇〇万円については、右久保田支店長の専権でこれを貸与し、その後同目録(二)ないし(六)に記載の各金員を貸与するに当たっては、本店の稟議・決裁を受けて、右各金員を貸与したところ、右各貸金を担当した第一審被告の箕島支店長久保田泰弘や貸付け担当者の大岡伸吉は、(イ)前記本件各貸金は、いずれも第一審原告の出納長であるAからの申込みによるものであり、(ロ) 前記各貸付に必要な書類にも、第一審原告の町長の公印が押捺されており、しかも、右各書類は、第一審原告の役場内の職員の居る場所で、公然と作成され、(ハ) また、その担保に差し入れられた定期預金証書には、予て第一審被告に届けられている第一審原告の収入役の公印の印影と同一の公印が押捺されていたので、右貸金の申込み、及び、その担保として、前記各定期預金を担保に差し入れるについては、町長等の決裁を受ける等、第一審原告の内部における正規の手続きが適法に行われたものと信じ、Aには、右貸付の申込み手続き及び定期預金の担保提供の手続きをする正当な代理権限があるものと信じて、右定期預金を担保にして、右各貸付を実行した(<書証番号略>等参照)。

7  なお、右本件各貸金は、前記支店長の久保田ないし貸付け担当の大岡が、一部小切手の外は、現金を、第一審原告の役場に持参をして、これを出納室長のAに交付していたが、その際に、Aから、第一審原告振出名義の約束手形と収入役作成名義の領収書を受け取っていた(<書証番号略>、原審記録三二九丁、三五三丁裏以下等)。

8  第一審原告を借り主とする本件各貸金に必要な書類や本件各貸付にかかる金員の授受等は、前記の如く、第一審原告の役場内のAのいる出納室で、公然と行われたから、Aと同じ出納室にいた第一審原告の他の職員らは、当然に、右のことを知っていた筈であるが(原審記録三三一丁裏、一〇七五丁以下、一一〇四丁裏等参照)、当時、Aの右不正な行為について、不審を抱いた者は全くいなかったし、また、第一審原告の監査委員による毎月の例月出納検査(一般会計と特別事業会計の検査)や、年一回の決算監査によっても、Aの右不正行為は、発見されなかった(原審記録八七四丁、八七八丁等)。

9  第一審被告が、原判決添付別紙貸金目録(二)記載の五〇〇万円を貸与するに際し、第一審被告の箕島支店長久保田泰弘は、右貸金を貸与するにつき、第一審被告の本店の稟議にあげたところ、本店の融資部の佐野次長から、「第一審原告に対する融資額を決めた議会の議決書が必要ではないか。」と言われたので、Aに対し、議会の議決書の提出を求めた。

これに対し、右久保田泰弘は、Aから、「定期預金は、収入役の名義で預金をしてあるから、収入役の権限で解約できるが、右解約をせずに、これを担保に第一審原告が金員を借り受けるのであるから、議会の議決がいる筈がない。」と言われたので、これを信用し、その旨を本店に伝え、本店の決裁を受けて、右五〇〇万円を貸与したものである(<書証番号略>のうち、原審記録三五二丁裏、三九五丁以下等参照)。

三以上認定の如く、(1) Aは、第一審原告の出納室長の職にあり、第一審原告の預貯金の通帳や収入役の公印を保管し、第一審原告の町長の決裁を受けた上、第一審原告を借り主として、金融機関から、金員を借り受ける事務手続きをする権限があったこと、(2)Aが、第一審原告を借り主として、原判決添付別紙貸金目録に記載の本件各貸金にかかる金員を借り受けるについては、第一審原告の出納室長のAが、第一審原告の役場内において、町長の公印やその保管する収入役の公印等を押捺する等して、前記相互銀行取引約定書、資金借入申込書、担保差入証、担保提供承諾書等の必要書類を作成して、これを第一審被告に差し入れ、また、本件各定期預金証書及びその書換え前の定期預金証書の元本の受領欄に収入役の公印を押捺した上、右各定期預金を担保に差し入れ、その証書を交付したこと、(3) 第一審被告の箕島支店長の久保田泰弘や貸付け係の大岡伸吉は、右Aが、役場内で、公然と右の如くに、前記本件各貸金を借り受けるについて必要な書類を作成していたので、右各書類は、町長の決裁を得る等して、第一審原告内の所定の手続きを得て適法に作成されたものであって、本件各貸金の申込み、及び、前記各定期預金の担保提供は、いずれも正当な手続きによるものと信じて、右各定期預金を担保に、本件各貸金の貸与をしたこと、(4) 第一審被告の箕島支店長の久保田泰弘は、Aに対し、「本件各貸金を借り受けるについては、議会の承認が必要ではないか。」と尋ねたのに対し、同人から、「定期預金は、収入役の名義で預金をしてあるから、収入役の権限で解約できるが、右解約をせずに、これを担保に第一審原告が金員を借り受けるのであるから、議会の議決がいる筈がない。」と言われて、これを信用したこと、等以上(1)ないし(4)の事実、その他前記の認定の諸事実を総合して考えれば、第一審被告の各担当者は、Aから、第一審原告を借り主とする本件各貸金の借入れの申込みを受け、かつ、その担保として、本件各定期預金の書換え前の定期預金及び本件各定期預金の担保提供を受けた際、右は、いずれも正規の正当な手続きに従ってなされたものであると信じ、善意で、右各貸付けをし、また担保の提供を受けたものであって、かつ、右のように信じたことについて、過失はなかったものと認めるのが相当である。

四もっとも

1  第一審原告は、本件のような第一審原告の環境整備基金や土地開発基金等の基金は、確実かつ効率的に運用しなければならないこと、右基金は、基金の目的のためでなければ処分できないこと、等を理由に、基金は、法律上担保に提供することはできないから、基金を定期預金にした本件各定期預金(ないしその書換え前の各定期預金)を担保にして本件各貸付をした第一審被告には、過失があると主張する。

しかし、前述の如く、定期預金を担保とした貸付行為は、実質的には、定期預金の期限前解約による弁済(払戻)に準ずるものと解せられるところ、権限のない者が、自己のために費消するために、第一審原告主張のような性質を有する基金を定期預金にした当該定期預金証書と当該定期預金のために金融機関に届けられている印影と同一の印鑑を持参して、その払戻しを求めた場合には、金融機関の担当者が、右定期預金証書と届け出の印影と同一の印鑑を所持する者に対し、善意で、その払い戻しに応じた場合には、民法四七八条の債権の準占有者に対する弁済として、右払い戻しを有効と解すべきであるから、基金について、第一審原告主張のような制限があるにしても、そのことのみから、直ちに、基金を定期預金にした前記各定期預金を担保にして本件各貸付を行った第一審被告の担当者に過失があるとはいい難い。

したがって、第一審原告の右主張は採用できない。

2  また、第一審原告は、第一審被告の本店融資部佐野次長が、本件各貸付にあたり、第一審原告の出納室長Aが指定金融機関以外の第一審被告から一時借入金を借り入れること、及び、その借入額が下津町議会で議決された借入限度額の範囲内にあるか否かについて、疑問を抱いたのに、Aから、「基金は、予算とは関係がない。預金の権限は収入役にあるので、その解約も収入役ができる、まして解約せずに担保で借り入れることに問題はない。」「定期預金をとりくずさずに、担保にして借入をするのだから、議会の議決はいらない。」との虚偽の説明を受けて、これを安易に信用し、それ以上に、一時借入金限度額に関する議会の議決書を求めることも、第一審原告の指定金融機関である下津町農業協同組合や、収納代理金融機関である株式会社紀陽銀行に対し、一時借入金の限度額や、同組合等からの既借入額を、問い合せることもしなかったことを理由に、第一審被告の担当者が、前記各定期預金(本件各定期預金の書換え前の各定期預金)を担保にして、本件各貸付を行ったことについて、過失があると主張する。

しかし、前記の如く、第一審原告のために、金融機関から一時借入れの事務処理をする権限のある出納室長が、第一審原告の役場内において、公然と右借入れの書類を作成して、前記各定期預金を担保に本件各貸金の借入れをしたこと、出納室長のAから、「定期預金をとりくずさずに担保にして借入をするのだから、議会の議決にはいらない。」との説明を受けたこと、その他、前記二に認定の事実関係の認められる本件においては、第一審被告において、出納室長のAに対し、一時借入金の限度額に関する議会の議決書を求めたり、或いは、第一審原告の指定金融機関である下津町農業協同組合、収納代理金融機関である株式会社紀陽銀行に対し、それまでの借入限度額ないし同組合等からの借入額を問い合せることまでの義務があったとは到底認め難い。

したがって、第一審原告の右主張も採用できない。

3  さらに、第一審原告は、(1) 一時借入金の借入権限は町長にあるから、本件各貸金にあたり、第一審被告としては、第一審原告の町長印の届出を必要とするのに、第一審原告の町長印の届出を徴しなかったこと、(2) 一時借入金は、各年度毎に償還することとされている(地方自治法二三五条の三、同条の五)のに、第一審被告は、単に書類上の書換手続のみで貸付を継続し、また、地方公共団体の支出は、小切手または、公金振替書によるのが原則であるのに、本件において、第一審被告は、本件各貸付の大半を現金払いで実行する等、通常の公金取扱いとは異なる処理を行ったこと、等の理由をあげて、第一審被告の担当者が、前記各定期預金を担保に本件各貸付を行ったことについては、過失があると主張する。

しかし、(1) 第一審被告が、本件各定期預金の書換え前の各定期預金を担保にして本件各貸付を行うに際し、将来、本件各貸金の弁済がされない場合には、右各定期預金と相殺する趣旨の下に、右各定期預金証書の裏面の元金及び利息の受取欄に、第一審原告の収入役の公印(第一審被告に届出の印影と同一の印鑑)を押捺した右各定期預金証書や、第一審原告の町長の公印の押捺されている資金借入申込書の交付を受け、かつ、第一審原告の出納室長の要請により、本件各貸金をわざわざ第一審原告の役場に持参して、公然とこれを交付し、第一審原告の他の職員も、これを不信に思わなかったこと、その他前記二に認定のような諸事情の認められる本件においては、第一審被告において、本件各貸付を行うに当たり、第一審原告の町長印の届出を徴しなかったり、本件各貸付の大半を現金で交付する等、通常の公金取扱いとは異なる処理を行ったからといって、前記各定期預金を担保にして本件各貸付を行った第一審被告の担当者に、過失があったとは、到底認め難い。

したがって、第一審原告の右主張も採用できない。

五そうとすれば、民法四七八条の類推適用により、第一審被告が、前記各定期預金を担保にして、本件各貸金の貸付をし、その後、後期の如く、右本件各貸金と本件各定期預金とを相殺して決済することは、適法・有効というべきである。

そして、弁論の全趣旨によれば、その後、本件各貸金弁済がされなかったので、第一審被告が、昭和五九年一一月三〇日付けをもって、本件各定期預金の元利金と本件各貸金とを対当額で相殺して決済をしたこと、及び、右決済後の残額は、本件(三)の定期預金の残元金七〇万円と本件各定期預金の利息七〇万一一二〇円の合計一四〇万一一二〇円であることが認められ、また、第一審被告が、第一審原告に対し、昭和六〇年三月三〇日付けその頃到達の内容証明郵便をもって、その旨の通知をしたことは当事者間に争いがなく、第一審被告が、銀行業を営む商人であることは弁論の全趣旨により明らかである。

よって、その余の点について判断をするまでもなく、第一審原告の本件各定期預金の支払いを求める本訴請求は、右一四〇万一一二〇円及び内金七〇万円に対する右相殺決済後の昭和六〇年七月一日から右支払い済みに至るまで、商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当であるが、その余は、失当である。

六以上の理由により、原判決中、第一審原告の本訴請求を一部棄却した部分は、相当であって、第一審原告の本件控訴は、理由がないから、これを棄却し、また、第一審原告の本訴請求を一部認容した原判決主文第一項は、一部不当であるから、第一審被告の本件控訴に基づき、これを本判決主文第二項のとおり変更し、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条、九二条に、また、仮執行の宣言につき、同法一九六条に、それぞれ従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官後藤勇 裁判官髙橋史朗 裁判官小原卓雄)

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